与六と喜平次に逢えた日

小林昌子です。
2009年NHK大河ドラマ「天地人」放映記念 「 喜平次 と 与六 」 の像が
坂戸山をバックに銭淵公園内に完成しました。

それはそれは見事で素敵な・・・ため息がでるほどの・・・綺麗な銅像です。
こんなカッコイイ銅像どこにも無い!
この「喜平次と与六」の銅像のために銭淵公園と坂戸山があるんだ・・・
なんて錯覚を起こさせるほど、周りの景色にマッチした素晴らしいものでした。


昨日は除幕式の司会進行役を仰せつかり参加させていただきました。
11時過ぎ
大河ドラマの誘致に尽力をされた、上田史談会の方々をはじめ
錚々たるメンバーと、御来賓の方々が銭淵公園に集まりました。


私はド緊張!

だって、だって…あの「天地人」の原作者「火坂雅志先生」(本持ってるし)


銅像の原画制作者であられる、超人気戦国絵巻作家の「正子公也先生」
(かっこいい戦国武将を描くんだ)


山形県・米沢直江会 会長小山田様や米沢藩稲富流砲術隊 隊長 宮坂様

米沢市議会副議長・米沢市教育長・・・
地元からは地域振興局 局長桜井様をはじめ
上田史談会 会長大嶋要三様、上田五十騎 会長高橋理介様

おぉ・・・!

各報道関係は新聞記者の皆様 ・ NST ・ NHK ・ BSNのテレビ局のカメラ
大勢いらっしゃいました。


11時30分
「喜平次と与六」の像 完成除幕式はじまりです。

南魚沼市 井口市長のご挨拶。

市長はお話が上手で、いつも素晴らしい挨拶をします。
「大震災に見舞われたこんなときこそ、
景勝公・兼続公の『強靭な精神力、義と愛』が必要。
それはこの地からはじまった・・・
このことは後世に語り継がなければならない・・・」 感動です。

火坂雅志先生よりご祝辞

直江兼続公が主役の「天地人」が大河ドラマに決定した時、
NHKから「しばらくは誰にも言わないで下さい!」と言われたが、
上田史談会の大嶋さん、今成さん、五十嵐さん、南魚沼市の皆さんの顔が
頭に浮かんで、早くお知らせをしてあげたかった。

決定は嬉しかったが、心配したのは視聴率がとれるのか・・・
坂本龍馬や織田信長など有名な人物ではない、
無名の直江兼続で・・・大丈夫なのか・・・不安だったとおっしゃいました。
NHKのチーフプロデューサーに
「原作者として、何か注文はありますか?」と聞かれ
「どうぞ自由にやって下さい。
ただし、一点、これだけは忘れないでください。とお願いしたのが・・・
『 雪国の心 』を表現するということ」
雪の中、喜平次が与六をおぶって歩くシーン、
ここで気持ちが通じ合い生涯の絆が生まれた。
忘れられないシーンだと・・・。(今思い出しても泣ける)


ここに生まれ、厳しい冬を乗り越えなければならない環境で育った二人は、
強い心・助け合う心、春を待つ忍耐、粘り強さ、
そして喜びを分かち合う思いを培ったのですね。とおっしゃった。

このお話は、上田史談会の皆様が11年もの長きに渡り
『直江兼続公を大河ドラマに・・・』
と粘り強く運動を続け大輪の花を咲かせた
「諦めなかった活動」に対して敬意を表して下さったのだと思いました。

加藤清史郎くんとの始球式の思い出も御披露してくれ、
お話に引き込まれました。

さて、銅像の原画制作者 正子公也先生からは
「最高のスタッフが最高の技術・匠の技で造り上げた作品!」
とご紹介頂きました。

「絵」は平面、「銅像」は立体。
「絵」は色で表現できる「銅像」では色を表現できない。
そのぶんあらゆる工夫がされているとのこと。

銅像の楽しみ方、正子先生の「想い」などは
後ほどHPでご紹介させていただきます。

序幕式を無事に終え、
夕方から夜にかけて各テレビ局では「二ュース」として放送されました。
10時のニュースを見ていた5歳の息子が
「てんちじんのよろくのとこにいってきたんでしょ~」と
何も伝えていなかったのに、何となく理解した様な感じでびっくりしました。
さっそくお休みの日に息子を連れて行ってみようと思います。
地元の子ども達に、どうしてここに二人の英雄の銅像があるのか…。
「伝えること」は大切なことです。

ちなみに、銅像の台座 1m20cm、本体は1m80cm、合計3mの高さとなっております。
正面の題字は火坂雅志先生の揮ごうです。


由来文は上田史談会の皆様によるものです。


皆様もぜひお出かけ下さい。

お・ま・け
米沢藩稲富流砲術隊 宮坂隊長率いる16名の隊員が駆けつけて下さいました。


私:「遠路はるばる毎年、南魚沼市にお越し下さいましてありがとうございます」

隊員さん:「いやいや~。今日は序幕ん時さ、てっぽ 『バァーン』 と撃ちたかったんだども」

私:「ここでですか?」

隊員さん:「んだ。米沢じゃ式典なんかんとき 『バァーン』 とやんだど~(^o^)/」

私:「坂戸山で 『バァーン』 とやったら熊が出たと思われ、
山登りしている人が、びっくらこいて転がり落ちるからダメです」

隊員さん:(大爆笑)

米沢藩稲富流砲術隊の皆様も
あのロケーション、坂戸山をバックにした銅像がお気に召したらしく、
「ここで、てっぽさぶったら最高だべな」と申しておりました。
さすが、米沢藩砲術隊!

記:小林 昌子

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与六と喜平次に逢えた日 への2件のフィードバック

  1. nori☆ のコメント:

    素敵な像ができたんですね~♪
    私も新潟へ帰ったら娘を連れて見に行きます!

    • minamiuonuma のコメント:

      nori☆さん>こんにちは。阿部美佳です。
      コメントありがとうございます。

      この銅像には、素敵な見どころがたくさんありますので、
      近くからも遠くからもよーく眺めて見てくださいネ!

      南魚沼のとても素晴らしい歴史のことを、
      この銅像をはじめ、「義と愛の総合文化展」でも知ることができますので、
      よろしければ、近くのサンライズの会場も一緒にご覧ください (*^_^*)

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