薄荷圓の看板がまだ他にもあった????

 

こんにちは。ブログサポーターの中島すい子です。

やっと春らしくなってきましたね。

 

先月、塩沢宿 牧之通りの平野屋(現在の青木酒造)が

江戸時代の彫師、小林源太郎に作らせた『薄荷圓』の

宣伝用の立て看板の屋根が見つかった話をしました。

爽やかなミントの香りの薄荷圓???

そして、できた当時は、同じ構図の看板が2本、

宿場の端と端に建てられていた話も致しました。

1つは『平野屋』が小林源太郎に、

2つ目は鈴木牧之の家『鈴木屋』が石川雲蝶に作らせました。

どうして同じ看板を?と不思議に思うかもしれませんが、

何も不思議な事はありません。

鈴木牧之の次男坊が平野屋に婿養子に入っているため

両家は姻戚関係にあったんです。

婿の実家が大きな薄荷圓の宣伝用看板を作ったため、

婿は「実家が面白い物を作ったからウチも!」という事で、

同時期に同じ9mの立て看板を建てました。

江戸時代の三国街道塩沢宿にとんでもない物ができたと、

当時はきっと街道を行き来する旅人はビックリポンだったでしょうね。

おそらく明治の中頃までは、この看板が人目を引いていたんではないかと考えます。

 

この辺りまで先月お話したような気がしますが、

今月に入って話は別方向に大きく動き、

調べていく事の楽しみがまた1つ増えて

塩沢だけでなく他の地域との縁も深くなりそうです。

 

この3枚の同じような写真をご覧ください。

1枚目は、小林源太郎に依頼した平野屋の立て看板の見取り図の写真、

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2枚目は『鈴木屋』という文字があるように

石川雲蝶に依頼した鈴木屋の看板の写真です。

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そして3枚目は、江戸時代に塩沢宿で作られたものより

半世紀も経ってから作られた立て看板です。

明治44年に建てられ、高さは塩沢の物よりはるかに大きく

11mはあったと言われていて、まさに日本一大きい大看板です。

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実はこの看板は、塩沢の平野屋の看板をモデルにして

長岡市の当時の『サフラン酒本舗』の創業者が作ったものです。

サフラン酒は当時、養命酒と勢力を二分していたと言われます。

薬用酒ですね。薬ではありませんが、滋養強壮として

16種の薬草を煎じた液体にサフランを混合した飲み物です。

当時、この創業者は平野屋と同じように

サフラン酒の他に別の商いもしていたんです。

『小児消疳丸』といって子供用の薬草も開発していましたので、

最初の宣伝は消疳丸でした。

それをサフラン酒に変更して、明治44年に掲げられました。

創業者の吉沢仁太郎は、よく魚沼の塩沢に足を運んでいたと言います。

それは当時の燃料の買い付けが目的だったと言いますが、

仁太郎も当時の平野屋の薄荷圓の立て看板を知っていたんですね。

それを見て『この看板よりもっと大きな日本一の看板にしたい』といって

高さが11mになったと言われています。

 

その後、大看板を支えていた柱が老朽化し倒れてしまったんです。

再建するには膨大な資金と専門家の職人が必要です。

更に雨ざらしにしていた為ついに持て余し、売却してしまったんです。

それを、長岡市の『摂田屋まちおこしの会』が

この大看板を復元しようと募金を募って買い戻しました。

10年ほど前に購入費と修復代で900万円という金額を費やし、

長岡の仏壇メーカー トーア仏壇が復元作業に当たったという事です。

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現在は長岡市に譲渡されて摂田屋の観光の目玉として、

ゴールデンウィークの頃から公開することになっています。

塩沢の9mというのも驚きですが、それをはるかに上回る大きさです。

公開が楽しみです。

摂田屋まちおこしの会フェイスブックページで

最新情報が発信されています。

https://www.facebook.com/nnn.settaya

 

こちら、昔の平野屋のお店の写真をご覧ください。

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9mという看板の高さを考えた時、

お店の前にいる男性の身長を170cmとすると、

その人を5人重ねたくらいの高さが8.5mです。

そして、看板土台の四角い石は2段になっていますので

それを50㎝として足すと、ほぼ9mという事になります。

かなり大きな立て看板だったんですね。

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これが復元されて牧之通りの端と端に立つようなことになったら、

大きな反響を呼びますね!観光の目玉にもなりそう!

…と、私の妄想は果てしなく広がります。

この詳しいお話は、もう少し深掘りして湯沢町観光協会

雪国館』で、またお話できる機会があるかと思います。

石川雲蝶と小林源太郎に興味を持って下さる人が

1人でも多く増える事を願って、

更なる活動を続けていきたいと考えています。

 

 

記:中島すい子

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