石打『関興寺』の三門が新しくなります

 

こんにちは。初田敏美です。

久しぶりに石打の関興寺(かんこうじ)様にお邪魔いたしました。


 

連日暑い日が続きますが、お邪魔したこの日は雨。



 

関興寺の歴史は古く、上杉家ゆかりのお寺様。

昔は多くの寄進を受け栄え、

上山(今現在の石打丸山スキー場全体)に関興庵として建立。


 

現在でも、石打丸山スキー場の上に行ってみると

南魚沼を一望できることがわかります。

また、石打には、東の山と西の山の距離が非常に近い場所があり、

それが赤坂と呼ばれる場所。

湯沢方面から六日町方面に向かうには、必ず赤坂を通ることから、

上杉家に何かあるとこの場所から監視していたと言われています。

 

乱世の中、戦乱に巻き込まれていたこの場所は、

兵火のため諸堂焼失し、その都度、上杉家によって復興再建してきました。

1600年には関ケ原の戦いにより、上杉景勝公が米沢へ移封となり、

その時に関興庵も一緒に移ることになりました。

その後、越後の関興庵は、再び火災で焼失。

落胆した越後の人々が米沢の上杉家に相談したところ、

再建のため関興庵37代目の住職として万源和尚が派遣され、

末寺の嘉祥庵(かしょうあん)を再興し、

嘉祥庵改め、関興寺となりました。

それが今から390年前のこと。


 

しかしその後、またも三門が焼失し、

今から325年前に三門を再建。

焼失前は二階建てでしたが、諸般の事情により

同じものを建てることができませんでした。

それがこちらの三門です。

325年間、関興寺とともにあった三門。


 

300年以上経過し、厳しい風雪により損傷が激しかったため、

檀家様からのご理解、ご協力をいただき建て替えることになりました。

今は解体も無事に済み、新しい門の再興中です。





 

ひとつひとつ解体していると、貴重なものが見つかりました。

『元禄七年五月

奉再興禪窟門

関興庵三十九世 了巌代』

と、記載があります。

325年前に再建した際のものでした。


 

新しい三門は、390年前に建てられたものと同様の

2階建ての門になるそうです。




 

令和元年のお盆頃に完成予定だそうです。

三門の天井絵ですが、すでに龍のすばらしい絵が完成したそうです。

私は、写真で拝見いたしましたが、まだ秘密…。

完成を楽しみにお待ちください。

 

この度は、関興寺の和尚様から貴重なお話をお聞きすることができました。

この三門が300年、400年、500年と長きに亘り、守られ続きますように。

 

《最上山 関興寺(かんこうじ)》

〒949-6373 新潟県南魚沼市上野267

電話 025-783-2111

http://kankouji.coolblog.jp

 

 

記:初田 敏美

 

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